トルコが親日国である理由ご存じですか?「私の海外駐在記~トルコ~前編」ダイキン工業株式会社 今泉仁志

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No.676 2021年5月

今回はヨーロッパとイスラム圏を結ぶ上で重要な役割を果たす国、トルコです!ダイキン工業の今泉様にトルコ駐在記のご寄稿いただきました。では早速、前編スタートです。後編はこちら(No.678)から。

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1.はじめに
2016年3月から2020年3月までの約4年間、私はダイキントルコ社の副社長としてイスタンブールに赴任しました。トルコは長い歴史があり世界的に貴重な文化遺産が数多く存在しています。イスラム教のもとで進化した独自の文化や慣習が存在する国でもあります。本稿では私の目から見たトルコという国とトルコでの日常生活の一コマをご紹介したいと思います。



2.トルコの地政学的ポジションと概要
トルコの正確な場所をご存じでしょうか?トルコは南北に地中海と黒海を臨み、東西は中東諸国(イラン、イラクなど)と欧州諸国(ギリシャ、ブルガリア)と国境を接した場所にあり、ヨーロッパとアジアの接点と言われる地域に位置しています。かつてはこの地域一帯を支配したオスマン帝国の中心地で、現在でも地域有数の大国です。人口は約9千万人で首都はアンカラ、最大都市はイスタンブール(首都はイスタンブールと勘違いしている日本人が多い!)になります。



写真1:トルコの地図



3.ヨーロッパとイスラム文化が融合したイスタンブールの街並み
イスタンブールはボスポラス海峡を挟んでヨーロッパ側とアジア側に分かれています。ヨーロッパ側には新市街と旧市街があり、新市街には各国の領事館や主要企業の本社、外資系企業のオフィス、外人向け高級アパートなどが立地しており日本人学校も新市街にあります。旧市街はヨーロッパ文化とイスラム文化が融合した美しい街並みで、多くのエキゾチックな建物が立ち並んでいます。アヤソフィアやブルーモスクといった観光名所も数多くあります。アジア側は近年急激に発展しているエリアで、住宅やオフィス、ショッピングセンターなどの建設ラッシュに沸いています。日本人はヨーロッパ側とアジア側でほぼ半々の割合で暮らしています。


写真2:ボスポラス海峡 手前がヨーロッパ側



4.トルコの気候には四季がある
トルコの気候は日本と同様に四季があります。イスタンブールの夏の最高気温は40度を超える日もあり、冬には大雪が降ることもあります。ただ日本と異なり、春から夏にかけては雨が少ないため湿度も低く超快適です。逆に冬は風雨の強い日が多くとても陰鬱な気分にさせられます。また西欧諸国と同様に夏は日が長く、冬は日が短いというのも特徴です。南側の地中海沿岸は年中温暖な気候のため、ヨーロッパやロシアを中心に世界中から多くの観光客が訪れるトルコ有数のリゾート地となっています。



写真3:真夏のブルーモスク 春からこんな感じの天気が続きます




5.トルコは欧州の玄関口
トルコは欧州各国や中央アジア諸国、中東の国々との距離も近く、どこに行くのにも非常に便利です。2018年にイスタンブールに新空港が完成したことで、周辺諸国とのアクセスが格段に向上しました。日本から欧州各国への乗り継ぎにも便利です。私の場合、友人に会うため週末を利用して何度もパリを訪れましたし、現地駐在の日本人の多くは週末や休みを利用してトルコ国内や周辺諸国への旅行を楽しんでいます。



写真4:イスタンブール新空港 将来的には世界最大の空港を目指すそうです。




6.世界有数の親日国トルコ ~日本とトルコの友好の歴史~
トルコは世界有数の親日国と言われていますが、その始まりは明治時代に遡ります。1890年、オスマン帝国の親善使節団が明治天皇への表敬訪問を終えた帰路で、一行を乗せた軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本町沖で台風に遭遇し座礁、500名以上が犠牲となる大惨事になりました。串本町の住民たちは生き残って漂着した乗組員を救助、献身的に看護し約70名の命を救いました。さらに不幸にも亡くなってしまった乗組員たちを丁重に埋葬しました。

時が経ち1985年のイランイラク戦争の際、イラン上空を飛行する飛行機を無差別撃墜すると宣言したサダムフセインの暴挙によって多くの日本人がテヘランに取り残されました。日本政府が救出策を打ち出せずにいる中で救いの手を差し伸べてくれたのがトルコでした。「エルトゥールル号の時に受けた恩義を返す」として危険を顧みずテヘランに救出機を派遣、全員が無事にテヘランからの脱出に成功しました。この一連の出来事は日土共同制作の「海難1890」として2015年に映画化され、当時トルコに駐在していた多くの日本人もエキストラとして出演しています。ちなみに、エルトゥールル号事件はトルコの教科書にも載っているそうで、トルコに親日家が多い理由の一つになっているようです。



写真5:「海難1890」のポスター


後編(No.678)は、イスタンブールでの日常生活をお届けします。
以上

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